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マイセンクリスタルの起こり

▲マイセンの風景

はじめに

4000年以上昔、チグリス、ユーフラテス川の流域に栄えた世界最古の文明発祥地メソポタミアではじめて作られたガラスは、エジプト、古代ローマの戦利品の一つとして、各地へ伝わり、16世紀頃にボヘミア地方へ伝わったと言われています。

磁器製作の研究を支えた科学者、エーレンフリート・ヴァルター・フォン・チルンハウスは、ザクセンガラスの生みの親でもあり、ドレスデンには1700年頃、最初のガラス工場が創設されました。

マイセンクリスタルの始まり

▲マイセンの有名な「ブルーオニオン」柄のワイングラス

ポーランド北西部シュテッティーン出身のホルスト・ゼンディッヒは、第2次世界大戦の混乱が続く1947年に、マイセンにクリスタルガラス研磨工場 「ホルスト・ゼンディッヒ」を設立。手作業によるクリスタル製品はすぐに有名になり、1956年にはアメリカへの輸出が始まりました。

しかし、1972年、「ホルスト・ゼンディッヒ」は、東ドイツ政府によって国営化され、「VEB(国民所有企業) マイセンブライクリスタル」となりました。
国営化後も、専門家として引き続きマイセンクリスタルを支えたゼンディッヒにとって、この時期は苦悩の時代でありましたが、新しい国の管理下で、それまでは実現不可能であった、マイセン磁器製作所の柄を用いたグラスの製作が可能となりました。

マイセン磁器製作所の協力を得ることにより、ガラス仕上げ加工の芸術性を、さらに高い水準に引き上げることができ、結果的に国営化はマイセンクリスタルにとって実り多いものになったといえます。

現在のマイセンクリスタル

1990年7月1日、東西ドイツの再統一前に、ホルスト・ゼンディッヒの手に会社は戻り、「VEB(国民所有企業)マイセンブライクリスタル」は、「マイセン ブライクリスタル ホルスト・ゼンディッヒ」となります。
1994年、彼の死後、妻・マリーズが事業を引き継ぎ、「マイセナーブライクリスタル社マリーズ・ゼンディッヒ」となり、現在に至ります。

ハンドカットによる定番の花柄シリーズや、高度な色被せ技法から生まれる多彩なコレクションで、マイセンクリスタルは世界中のファンを魅了し続けています。

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